「納豆の原料は大豆(大豆の煮豆)、水、納豆菌であり、納豆菌は大豆のタンパク質や
炭水化物を分解し、旨味のアミノ酸と“ねばねば成分”と香り成分を生産しています。
この納豆菌は、図1のような小さく短い茶筒のようなバクテリアで、土壌微生物の枯草菌
(Bacillus subtilis)の仲間です。その学名をBacillus nattoと言います。納豆菌は稲に
つく寄生菌であり、休眠細胞である胞子をつくるため、その他の多くのバクテリアに比べて、
生き残り戦略に長けたバクテリアと言えます。胞子は熱や乾燥にも強く、稲ワラ中で何事も
ないかのように平然と生き残ります。そこで、稲ワラに煮豆をつめて保温すると、雑菌が混入
することなく、自然発酵で糸引き納豆に変身します。これが古いタイプの納豆製造のしくみです。
工場においては、熱い蒸煮大豆に納豆菌を噴霧し、40℃くらいで増殖を開始させ、1日発酵ののち
低温で熟成させ、効率よく納豆をつくっています。
図1 納豆菌の電子顕微鏡写真
(細胞の周りにねばねば成分が見られる。)
2.糸引き納豆のねばねば成分
ではなぜ、糸引き納豆は図2のように糸を引くのでしょうか。
これは“ねばねばの糸”がγ-ポリグルタミン酸という直鎖状
の高分子化合物であるためです。その化学構造はいたって簡単で
、グルタミン酸がペプチド結合でつながっているだけです。
そして、たくさんの遊離のカルボキシル基が分子内に存在
していることがその特徴です。
図2 糸引き納豆のねばねばの糸
しかし、一般のタンパク質では同じ不斉炭素原子についた
アミノ基とカルボキシル基の間でペプチド結合していますが、
納豆菌のγ-ポリグルタミン酸では図3のようにアミノ基が
γ-位のカルボキシル基とペプチド結合しているところが違っています。
また、グルタミン酸はL-形のみではなく、
D-形のものも含んでいるというおまけまでついています。
図3 納豆菌のγ-ポリグルタミン酸
ここで、タンパク質のことを少しお話ししましょう。不思議なことに、
地球上の生物がつくるタンパク質は約20種類の“L-α-アミノ酸”から
できています。そして、おおまかには分子量10,000以上のものをタンパ
ク質と呼んでいます。タンパク質はその分子構造から、構造タンパク質
(つめ、羽、うろこ、角などのケラチン、絹糸のフィブロイン)、触媒
タンパク質(生体触媒である酵素)、結合タンパク質(免疫グロブリン)
、輸送タンパク質(ヘモグロビン、リポタンパク質)、収縮タンパク質(
アクチン、ミオシン)、貯蔵タンパク質(卵白のオボアルブミン、牛乳の
カゼイン、種子タンパク質のアルブミン、グルテリン、プロラミン)など
に分類され、それぞれの機能を果たしています。こうしたタンパク質の機
能には、含まれるアミノ酸の種類とその並び方、分子の全体の構造および
局部的な構造が大きく関係しているのです。
タンパク質の構造は、一次構造、二次構造、三次構造、四次構造に分類され
ますが、アミノ酸の配列の仕方が一次構造であり、基本的にはそののちの高
次構造もこの一次構造で決まっているといっても過言ではないでしょう。ア
ミノ酸残基間の水素結合、イオン結合、ジスルフィド結合、疎水性相互作用
などで、α-へリックス、β-構造、折りたたみ構造、サブユニット間結合な
どの立体構造が形成され、タンパク質固有の役割を演じています。分子の形
状が、伸びた“繊維状”であるのか、丸まった“球状”であるのかで、“繊
維状タンパク質”や“球状タンパク質”に分類されます。
では、γ-ポリグルタミン酸とはどのような形をしているのでしょうか。γ-
ポリグルタミン酸は、絹糸やクモの糸のように伸びた繊維状の構造をとりま
す。これはグルタミン酸のみからできていることからも明白です。そこで、
1つの応用として考えられるのが、高分子凝集剤としての利用です。事実、
最近、凝集剤として水処理に使われ始めています。天然のアミノ酸からでき
ており、生分解性にも優れているので、環境に優しい凝集剤ということができ
ます。アルミニウムイオンや鉄イオンのような無機凝集剤とは違い、有機高分
子凝集剤であるため、粒子間を架橋して強固な凝集体を形成することが特徴です。
3.糸引き納豆のねばねば成分の凝集作用
では、泥水に対する“納豆のねばねば”の凝集作用を調べてみましょう。こ
のねばねば液は、納豆を水道水中でかき混ぜてつくる簡単なものです。かき混
ぜた液を高速遠心分離し、納豆菌を除いた“ねばねば”液を実験に用いました
。図4は泥水に対する実験結果です。泥水中の微粒子が見事に大きな塊りに変
身し、“納豆のねばねば”液が優れた凝集剤であることが証明されました。
ただし、どのような凝集剤も入れ過ぎると分散剤として働きますので、入れ過
ぎには注意が必要です。水中のカルシウムイオンやマグネシウムイオンが電荷
を中和し、γ-ポリグルタミン酸が架橋作用をすることで、泥水中の微粒子が凝
集したと考えることができます。この“ねばねばパワー”は他の分野にも応用
されています。
図4 納豆のγ-ポリグルタミン酸の凝集作用(左が無添加、右が添加のもの)
(文責:柿井一男;電子顕微鏡撮影:六本木美紀;実験協力者:4年生の鈴木本良君)
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