今月の研究紹介:生物情報工学研究室
■ 研究紹介
生物情報工学研究室は,平成15年4月に前身の応用磁気化学研究室から新しく立ち上がったばかりの研究室です。わたしたちの研究室では,「環境」「情報」「バイオ」という三つのキーワードのもとに研究を展開しております。様々な情報を巧みに利用して過酷な環境下での生存戦略をとっているバクテリアに学び,また,環境情報に応答し,環境に優しい素材の開発や利用を目指しています。現在,以下の大きな2つのテーマで研究を行っています。
■ Quorum Sensing〜微生物のコミュニケーションシステム〜
■ Quorum Sensingって何!?
生物は,様々な情報伝達の手段を持っています。一番単純な生物であるバクテリアにおいても,多くの巧みな機構を用いて過酷な条件下での生存戦略をとっています。その中に Quorum Sensing と呼ばれる細胞間情報伝達機構があります。「Quorum」とは「定足数」を意味しており,Quorum Sensing とは,ある一定数のバクテリアが集合したことをバクテリア自身が感知し応答する機構のことを言います。
Quroum Sensing では,バクテリアが自ら生産し,菌体内外に分泌,拡散するオートインデューサーと呼ばれる物質がシグナル分子として介在しています。わたしたちが扱っているグラム陰性細菌という種類のバクテリアは,オートインデューサーとしてアシル鎖の長さや構造が異なる種々のN-アシル-L-ホモセリンラクトンを介して Quorum Sensing 機構を働かせています(図1)。
図1:様々な構造をもつN-アシル-L-ホモセリンラクトンの一例
バクテリアは周囲に存在する仲間の数が少ないときは,互いに分泌するオートインデューサーの濃度が低いので応答を示しません。しかし,バクテリアが増殖して周囲の菌体数が増加すると,バクテリア周辺のオートインデューサー濃度も上昇します。ある一定濃度を超えると,バクテリアは周囲の仲間の数が増えたことを察知して,様々な能力を発揮するようになります(図2)。

図2:バクテリアはオートインデューサーを介して周囲の菌体数を認識し,応答しています
例えば Vibrio fischeri という細菌では,菌体数が増えると光を出すようになります。他にも Serratia marcescens というバクテリアでは赤色色素,Chromobacterium violaceum というバクテリアでは紫色色素の合成を Quorum Sensing 機構で制御しています(図3)。また,多くの病原菌は,その病原性を Quorum Sensing 機構により制御しています。バクテリアは一匹では非常に弱くても,集団になったところで一気に攻撃を仕掛ければ,大きな宿主にも対抗できるだけの能力を備えています。
図3:S. marcescens が合成する赤色色素(左図)および C. violaceum が合成する紫色色素(右図)
■ Quorum Sensing 機構をかく乱させる技術
わたしたちは様々な化合物を使って Quorum Sensing 機構を人為的に阻害する研究を行ってきました。このような化合物を有効に利用すれば,Quorum Sensing 機構により制御されている病原性発現の抑制が期待でき,抗生物質などの薬物を用いた従来法に変わる,新しい感染症予防手段としての応用が期待されます。これまでに,以下のような化合物を用いてQuorum Sensing 機構の阻害効果を調べてきました。
シクロペンチルアミド誘導体: アシル化シクロペンチルアミド(CnCPA)はオートインデューサーのホモセリンラクトンの部分がシクロペンチルアミドに置き換わった新しい化合物です。CnCPAはオートインデューサーの拮抗阻害物質として作用すると考えられ,バクテリアはオートインデューサーを介した情報伝達がかく乱されてしまい,Quorum Sensing 機構が発現されなくなることが明らかになってきました(図4A)。
サイクロデキストリン: サイクロデキストリンは,その環の内部にオートインデューサーのアシル鎖の部分を取り込んでしまう能力があります。その結果,菌体の周囲に存在するオートインデューサーが取り込まれ,自由に拡散しているオートインデューサーの濃度が上昇しないため,Quorum Sensing機構が発現されなくなることがわかりました(図4B)。

図4:様々な化合物による Quorum Sensing 機構阻害技術
■ 様々なバクテリアの持つ Quorum Sensing 機構の探索
これまでに Quorum Sensing 機構を持つことが知られていないバクテリアから,新たにオートインデューサー合成遺伝子をクローニングする試みも行っています。現在,魚類に感染して病気を引き起こすバクテリアの一種から初めてオートインデューサー合成遺伝子のクローニングに成功しました(図5)。今後,これらのバクテリアの Quorum Sensing 機構を詳しく解析することで,これまで治療が難しかった魚病に対する新しい治療法への応用が期待されます。

図5:魚病細菌から新しくクローニングしたオートインデューサー合成遺伝子
■ 新しい高機能性ゲル材料の創製
高分子ゲルは多くの可能性を秘めた材料です。外部環境の変化をセンシングし超高速に応答挙動する吸水材料,ドラッグデリバリーシステムなどにも応用可能な生物分解性のあるメソポーラス材料,分子認識する超分子ゲルなど材料設計と,その利用研究を進めています。
■ 超高速吸水ゲル
水溶液に溶解する高分子でも,その分子間を共有結合やイオン結合などいろいろな方法で結合させると,水に溶けない架橋高分子 ゲルが形成します。水を多く含んだゲル材料は,しなやかで多機能なソフトマテリアルとしていろいろな産業分野で利用が期待されているのです。3次元に複雑にからみあった高分子架橋体の構造を思い通りに制御し,新しい機能を創製する技術は重要です。しかし,まだその実現には多くの問題が残されています。例えば,合成高分子や,多糖類などの天然由来の高分子,アミノ酸が結合して出来たタンパク質など,素材が違えばその高分子架橋体の性質もまた大きく違ってくるからです。

図6:凍結法で合成した多孔質ゲル
写真は希望サイズの空孔を自在に作るポーラス材料の合成例です。素材によらずゲルを多孔質化し,そのポアサイズなどを制御する簡単な方法として「凍結法」を提案しています。ゲルを凍らせる条件を変えるだけで,いろいろなポアを作り分け,機能性の異なる高分子材料が構築できるのです。例えば,多孔質構造を制御したスポンジ構造の高分子ゲルは超高速に水を吸収します。
■ 分子認識ゲル
特定の化学物質をセンシングし形を変える高性能なセンサーゲルが合成できれば,これまで不可能だった多くの分野でゲル材料の利用が可能となります。特定の物質を捕捉するには,ターゲットに適した分子認識部位を分子レベルで設計することが重要です。例えば,すでに多くの食料品や飲料などにも利用されているサイクロデキストリンは,いくつかのグルコースが環状につながったオリゴ糖で分子認識材料の1つです。分子認識に加えて,全く異なる別の機能も有する新しい材料設計や,ゲスト分子を認識できる大環状化合物などを用いた新しい材料開発をめざしています。

図7:サイクロデキストリンゲルを用いた Quorum Sensing 機構の制御
例えば,このサイクロデキストリンゲルを使って「環境ホルモン」や発ガン性のある有害分子などを捕捉するシステムや,バクテリアが自ら生産する細胞間情報伝達機構 Quorum Sensing 機構のシグナル物質を捕捉し,バクテリアの持つ特定遺伝子の転写活性を抑制する技術をめざしています。
■ 生分解性ゲル
自然界から得られる高分子ゲルの素材は,いろいろな種類の多糖類や,カニやエビなど甲殻類の甲羅などを利用するキチン・キトサン,あるいはバクテリアが作るバイオセルロースやタンパク質などその種類は豊富です。例えば,日本人になじみの深い「納豆のネバ」の主成分は,アミノ酸がペプチド結合でつながったポリグルタミン酸です。人体に安全な材料と,生体適合性の良いポリエチレングリコールなどいろいろな高分子を組み合わせて,多機能な生分解性ゲルの開発をめざしています。

図8:納豆のネバから合成したポリグルタミン酸ゲル
■ 生物情報工学研究室について
以上のように,わたしたちの研究室では有機合成・ゲル材料・遺伝子組み換えと幅広い分野で研究を行っています。これまでは,化学は化学,バイオはバイオとそれぞれの分野単独での研究が主でしたが,これからの時代は化学やバイオといった異分野を上手く融合させた研究が求められています。
わたしたちの研究室では,ゲル材料・バイオそれぞれの専門の研究以外にも,微生物が作るシグナル物質の構造を基にした新しい化合物の分子設計や,微生物が合成するシグナル物質を捕まえてしまうようなゲル材料の合成といった,両分野を融合させた新しい研究を行っています。興味のある方はぜひわたしたちの研究室を見学に来て下さい。また,研究室のホームページもぜひご覧になって下さい。
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